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晩夏の海月
時折半透明になりながら、ぽちぽち物書きしています。
Twitter企画SS:華やぐ夜に
深夜に、こんばんわん!
企画SS、第三弾です。
お名前は、「カヤ」さんです。

華やぐ夜に



更衣室のロッカーを開けると、つんと饐えた臭いがした。
ハンガーに掛けてあったワンピースの上から下までかかった、白いドロドロした液体。
その最下部には、ご丁寧に無糖ヨーグルト500ミリリットルの空ケースが下を向いた状態で、これまた置きっ放しにしていたピンヒールの靴に被さっている。
賞味期限は、先々月の日付。
あたしは腐ったヨーグルト塗れになったワンピースと靴を持っていた紙袋に突っ込み、ゴミ箱に放り込んだ。

フロアに出ると、すぐボーイの山本さんから、カヤちゃんご指名、三番ね、と声がかかる。
わかったから耳元で囁くのはやめてくれ、と思いながらもはぁいと返事をして営業スマイルでテーブルに向かった。
馴染みの社長さんが、こっちこっちと自分の隣を手招きする。
既にテーブルに着いていた同僚の冷たい視線を無視して、あたしは仕事モードになる。


キャバクラでバイトを始めたのは、春の終わりに生まれたあたしがちょうど19歳になった頃だった。
高校時代に初めてバイトをしたコンビニでは、店長から強烈なアタックを受けて気まずくなり、すぐ辞めた。
その次にバイトした本屋では、お客さんの一人からほぼストーカーの待ち伏せを受けて逃亡した。
そのまた次にバイトしたのは郵便局の内勤で、ここなら大丈夫だろうと思ったらチーフ(既婚)に猛アタックどころかセクハラまがいの言動を受け、無視を決め込んでいたら何があったか奥さんまで出てきて流血の修羅場になり、居づらくなって辞めた。
高校卒業と同時に学校の斡旋で就職した運輸会社の事務職も、以下略。
その頃には、もうあたしには普通の仕事は無理だろう、という結論に達していたので、唯一の女友達と言えるミサトに紹介してもらって、郷里からすこし離れた街でいわゆる夜のお仕事、今のお店に入った。

それから約一年。
自慢できることかどうかは不明だけど、あたしのキャバ嬢としてのスキルはなかなかのもんだと思う。
ただ、そのぶん同僚の女の子たちにはあることないこと悪口を言われるわ、衣装をちょっと置きっ放しにしようものなら使い物にならなくされるわ(実はこれが一番キツイ。店で着る服は全部自前だし、普段着れないようなピラピラの服なのにバカ高いんだもん)。
それでも、他に特技も能もないし働かずに暮らせるような裕福な身でもないので、まあ何とかやっている。
源氏名というのか、お店で働くときの名前は、本名の加耶をそのまま漢字だけ変えて、華夜、とした。


その日最後に着いたテーブルのお客さんは、若い会社員数人のグループだった。
彼らの挙げた会社の名前は、政治経済時事問題にクソ疎いあたしでも知っているような名だった。駅前の大通りに、大きな看板が出たオフィスがある。
その人たちは店に来たときからもう酔っぱらっていて、勝手に内輪の話で盛り上がってゲラゲラ笑っていた。
そうしながらも、おねーさん美人だねえ、お酌してよ、と(言われなくてもお酌するってば!)、代わる代わる絡んでくる。
おそらくあたしよりは年上であろう彼らに対して、若いねえ、なんて思っちゃう自分にちょっとガクゼンとしながらお酒を注いだ。
その中で、というか、その集団のいちばん端っこのこれ以上端っこに寄れないようなポジションにヤツはいた。
ワックスで整えもしないペタンとした髪型に、地味としか言いようのないメガネ。裾も袖も微妙に短い、生地がツルツルになったスーツの上着を脱ぎもせず、水割りのグラスをテーブルのこれまた端っこギリギリに置いたまま手も付けず、ソファのまたまた端っこに、浅く浅~く腰掛けている男。
店に入ってきたときには居ることにすら気づかなかったほどの、圧倒的な存在感のなさ。
一瞬、こいつあたしにしか見えてなかったらどうしよう、とか思ったので、あたしはさりげなくそいつの隣に座って話を振ってみた。

「お酒、飲まれてます?何か別のものお作りしましょうかぁ?」

ひゅう、とグループの他の人から冷やかすような口笛が飛ぶ。
しかしそいつはオドオドと顔を伏せたまま、何か声にならない声をつぶやいただけだった。
何だこいつは。とりあえず幽霊とかではなかったけど。近寄ると生乾きみたいな臭いがするし。
完全に、飲み会終わりで帰りたかったのにムリヤリ連れて来られちゃった人だな、と思いつつ、あまりにも反応がないので心配になってしまった。

「あの、大丈夫ですかぁ?気分とか、悪かったり」

そう言った瞬間、ヤツはものすごい勢いでがばっと顔を上げた。メガネのフレームまでもがシュンッと上下する。

「ぼぼぼぼっぼくは」

ちょっと想像してないほどデカイ声だったので、あたしはびっくりして、へ、と思わず素に戻った声が出てしまう。

「け結構です」

あ、はい、と、普通に返事してしまった。グループ全員(話によると同期入社の人たちらしい)からどっと笑い声が上がる。
それがなんだかあまりにも嫌な感じの笑いだったので、あたしはムカついて、結局最後まで他の人たちの構ってほしいオーラをガン無視したままその変なヤツの隣に陣取ってお酒を飲み、名刺まで渡してしまった。
…ちなみにあたしはザルでお酒大好き人間なので、今のところどれだけお客さんに飲まされても、潰れたり二日酔いになったことはない。


名刺は渡したものの当然ヤツから連絡はなく、あたしはすぐにその存在すら忘れていた。
でも翌週、深夜にお店を出てタクシーで帰る途中に、大通りでヤツを発見した。
台風の近づいている日だった。時刻は深夜2時。おそらくタクシーを拾おうとしているが、この時間の急な雨で捕まらないのだろう。
歩道の隅で律儀に右手を挙げて直立しながら、強風と雨に飛ばされそうになる傘をかろうじて掴んでいる。
思わず、すいません、とあたしは運転手さんに言っていた。

「あの人知り合いなんで相乗りするんで停めてください」

びしょ濡れでタクシーに乗り込んできたヤツは意外なことにあたしのことを覚えていて、どどうも、ありがとうございました、た助かりました、と頭を下げた。

「仕事だったんですか?」

お店にいるときのクセで沈黙に耐えられず、尋ねると、ツーテンポぐらい遅れて一応返事が返ってきた。

「…はい、そそうです」
「夜勤かなんかですか」
「いえ、朝から…というか、昨日の朝から」
「え、マジで?」
「…マジです」

ヤツの仕事はプログラマー、だそうだ。あたしはパソコンもうまく使えないぐらい機械オンチだからよくわからないけれど、とりあえず無茶苦茶な仕事らしいことはわかった。

「お疲れさまです」
「いえ、あの、そちらこそ」

タクシーは、ヤツの家に先に着いた。
財布を開いて、ヤツは、あ、と口を開けたまま固まった。

「すすすいません、お金、」

どうやらお金が足りないらしい。ATMもやってない時間だし、どうしよう、と慌てふためくヤツに、あたし払うんで、というと、ヤツは財布から千円札と一円玉9枚と自分の名刺をワタワタと取り出す。
すすいませんこれで、とりあえず、今度絶対払いますので、と言って、タクシーを降りていった。

ヤツの名はジョウガンジテツヒコ、常願寺哲彦といった。
四角四面的な、しゃっちょこばった名前の響きがヤツの佇まいにしっくり来すぎていて、あたしは思わず吹き出した。


ヤツからは三日とあけず電話があった。
地味で変人だけど律儀なやつみたいだ。
駅前の喫茶店で待ち合わせをして、封筒に入ったお金を受け取った。
相変わらずテカテカのスーツ姿で、メガネには指紋が付いている。

「また徹夜してたの」
「あ、いえ今日は普通に朝から」

とはいえ、日曜だというのに仕事だったらしい。大変だねぇ、と言うと、ヤツはやっぱり真面目な顔をしたまま、た大変ですけど、好きな仕事ですから、と言う。

「…そちらの方が、大変なのではないでしょうか」
「あたし?…ま、あたしもどっちかっちゃ好きな仕事だからねー」


何の縁なのか、それからテツヒコとはたまに連絡を取り合う仲になった。
友達といえるのかどうかもわからないけど、恋の予感、みたいなものは全くないことだけは断言できる。
あたしは小学校の頃は、男友達は多いけど女の子には嫌われる、みたいな子供だった。
中学校になると、友達だと思っていた男の子から、好きです、と言われることが増えて、何となくギクシャクして、ひとりで居ることが多くなった。
で、高校時代以降は数々のトラブルに巻き込まれ(と言い切っても許されると思う、だってコンビニの店長にも本屋のお客さんにも郵便局のチーフにもあたしは何も特別なことはしてない、いろいろ陰口は言われたけど、本当に身に覚えがないのだ)。
だから、そういうことに発展しない関係、があたしには新鮮で、居心地が良かった。

数回目に会ったとき、あたしはやっとテツヒコに本当の名前の字を伝えた。
紙ナプキンに、紺堂加耶、と書いた字を見て、テツヒコはしばらく黙っていた。

「ここっちの方が、いいですね、字面が」

そうかなあ、と答えて、あたしもしばらく黙ってアイスティを飲む。
最近では、この沈黙にも慣れつつあった。

「あの」
「うん?」

テツヒコから何か話題を振られるのは珍しい。

「ぼ僕の話し方は、気になりませんか」
「は?」
「き、吃音がひどいので」
「キツオン?」
「ははい、あの、こんな風に、いわば吃る、ことで、まあ病気みたいなもんです」
「ふうん、病気なんだ、それ」
「まあ、そんなもんです」
「普通にそういう喋り方なだけだと思ってた」

そそうですか、と言ってテツヒコは冷めたココアを啜った。甘党で猫舌、しかし氷で薄まったアイスココアは許せないという、謎のこだわり。

「あ、そういえば」
「ん?」
「ここれ」
「ん?」
「よよかったらどうぞ」
「…」

差し出された手には、オマケ付きお菓子らしき箱が乗っていた。
パッケージには、モグラのオバケがロボットになったみたいな、よくわからない物体が写っている。

「なに、これ」
「アッガイです」
「えっ?」
「アッガイです」

どうやら、このモグラみたいなロボットは、アッガイという名らしい。
箱を開けると、数個の部品に分かれたアッガイくんと、ビニールの透明な袋に入ったラムネ菓子がコロンと出てきた。

「く組み立てましょうか」
「…ここで組み立ててもさ、帰るまでにまた取れるでしょ」
「…あ」

家に帰ってから、見よう見真似でアッガイくんを組み立てた。可愛いのかどうなのか謎、いや可愛くないでしょ、とぶつぶつ言いつつ、テレビ台代わりのカラーボックスの上に乗せてみる。
ミサトには孤独なオッサンの部屋と言われる、クロゼットの中以外には女の子らしいものがほとんど無いあたしの部屋に、そいつは意外なほどマッチしていた。
オマケのラムネは翌日の仕事終わりに食べた。ショボいけど懐かしい味で、散々辛口の日本酒を飲んだあとだったからかもしれないけど、不思議なほど美味しかった。


夏の終わりの夕方。混んだ環状線の中、ドアに凭れて立っていると、腰のあたりに不自然な感触をおぼえた。
休日はフットサルとかやってます的な、こざっぱりとしたサラリーマン。ああまたか、と、もう驚きもしない。
物心ついた頃から、混雑した電車に乗って痴漢や変質者に合わないほうが珍しいぐらいだ。
普段こんなに混んでないのになんでだろ、と思ったら、車内には浴衣姿がちらほらと見える。そういえば、沿線で花火大会がある日だ。
次で降りようかなあ、でもこっち側開かないほうのドアだし、めんどくさいなあ、と辺りを見回す。
周囲の数人は気付いているようだったが、皆心なしか嫌そうな表情をこちらに向けるだけだった。
気付いてんなら助けろよ。まあ、助けてくれた人にその後路地裏に連れ込まれそうになったこともあるから、何とも言えないんだけど。
くだらないなあ、いろいろ、やっぱり次で降りよう、とお尻へ下りてきそうな手を何とか振り払おうとしていると、ちょっと向こうで車内がざわついた。
見ると、見覚えのあるヒョロ長い体型の男が、あからさまに迷惑そうにする人たちを掻き分け掻き分けヨロヨロとこっちへ向かってくるところだった。

「かかかかっかかかカヤさん!」

…また吃ってるし。周囲の人たちがギョッとした顔でそっちを見たり、わざとらしく目を逸らしたりする。吃音、緊張するとひどくなるんだっけ。ビビってんだ。バカみたい。

「ぐぐ偶然ですねっこんなところでおおお会いするなんてっ」

言いながら、件のサラリーマンとあたしの間にグイグイと割り込んでくる。そして沈黙。すごい勢いで突撃してきたわりに、その後はとくにないらしい。なんだか可笑しくなって、あたしは笑ってしまった。

「なにやってんのこんなとこで」
「…出張先からの、ち直帰です」
「ねぇちょっときいてよあたし今さっきチカンされて最悪な気分なんだけど!」

わざと大きな声で言ってやる。電車が駅に入り、今度はサラリーマンが慌てて人を掻き分け逃げるように降りて行った。
テツヒコは律儀に、それはたいへん、とか何とかもごもご言った。
え、助けてくれたんじゃなかったの?と言うと、助けたというか何というか、とまたもごもご。
まあいいや、とまたドアに凭れる。さっきまでのイガイガした気持ちは消えていた。

「ね、花火大会あるみたいなんだけど見に行かない」
「…僕は人混みはちょっと」
「あたしも無理、だから遠くから見ようよ」

あたしたちは、花火大会をやっている駅の一駅前で電車を降りた。
蒸し暑い夜の住宅街をしばらくウロウロしたあと、少し大きい通りに出る。
ひと気のない歩道橋の上は、特等席だった。
夜空に大輪の花火が上がる。

まずは、赤、黄色、オレンジ。

「赤は炭酸ストロンチウム、黄色はシュウ酸ソーダもしくは炭酸カルシウム」
「…なにそれ」
「え炎色反応です」

次に、緑色と青。

「…緑は硝酸カリウム、青は酸化銅」

そして、あたしが小さい頃からいちばん好きな、金色の枝垂れ柳。

「金はチタン合金」
「うるせーよ!」

テツヒコのぺったんこのお尻(痩せすぎで、長時間座っていると痛いらしい)にローキックをかましつつ、少し煙った夜空を見る。
そこにさっきよりも大きな炭酸ストロンチウム…じゃない赤色の花火の、大きな華が咲いた。


〈了〉


【参照・引用】
◇花火の色 http://www.japan-fireworks.com/basics/color.html

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