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晩夏の海月
時折半透明になりながら、ぽちぽち物書きしています。
Twitter企画SS:タイムさんの卒業式
Twitterでのお名前拝借企画、第二弾です!
お名前は「タイム」さんです。
タイムさんの卒業式



三月三十日、金曜日。
校庭の隅にあるプレハブ小屋には、暖かな日差しが降り注いでいた。
時刻は正午の少し前。小屋の隅の簡易コンロの上で薬缶がピィと音を立てる。
田井武は、よっこいしょ、と声を出して立ち上がった。

市立虹ヶ岳小学校。
山あいにある、全校児童を合わせても100人ほどの小さな学校だ。
田井は、この学校の用務員だ。
いや、だった、という方が正しいか。
今日で、田井は定年退職をする。

午前中に離任式があったが、後任者への引き継ぎの日程が今日になったため田井は出席しなかった。
その引き継ぎも、つい先ほど恙無く済んだ。
後任者は大学を出たばかりということだが、がっしりとして優しそうな若者で、安心して後を任せられそうである。
…これで、もう本当に俺の仕事は終わったな。
田井は満足感の中にも一抹の寂しさが混じった息をふうっと吐き、急須から湯呑みに緑茶を注いだ。

幾つか市内の小学校や中学校を異動になったが、この学校には十年以上も勤めたことになる。
のんびりとしていて温かい雰囲気のある、良い学校だと田井は思っていた。

その中でも田井がとくに好きなのは、校庭の隅にある時計だった。
二メートルほどの台座の上に丸い金属のボールが乗っているような形で、ボール部分に嵌め込まれた時計は校舎のほうを向いている。
とても古いもので、今どき、と赴任時にはびっくりしたのだが、ねじを巻いて動かす仕組みになっている。
毎日、給食の始まる十二時二十分と、下校時刻の午後四時に、りーん、ごぉん、りーん、ごぉん、と、少し割れた鐘のような音を鳴らす。
毎朝、その時計の後ろのフタを開けてねじを巻き、油をさすのが田井の習慣だった。

子どもたちから、タイムさん、と呼ばれるようになったのは、いつからだったろうか。
この学校に来てしばらくは、田井さん、とか、タケシさん、タケおじさん、と呼ばれていたように思うが。
毎日時計の管理をしていることと「田井武」という名前が「たいむ」と読めることもあってか、いつのまにか、タイムさんという呼び名が定着していた。


会社員だった三十代のころ、過労から大病をし退職を余儀なくされた。
療養しながら試験勉強をし、用務員、今は学校職員というようだが、この職を得た。
地方公務員の試験を受けられる制限ギリギリの年齢だった。
それから、三十年余。
病気療養の日々を支えてくれ、その後ずっと連れ添ってくれた妻との間に子供はない。その妻も数年前、先に逝ってしまった。
これからは、独りの日々になるのだ。
そう思うと、ずっと用務員室として使っているこの小屋の小さな窓から見える校庭も、古びてきた校舎も、とても愛おしく離れ難いものに思えた。

鼻の奥がきな臭くなってきたのを誤魔化すように、熱いお茶をすする。
その時、とんとんと扉をノックする音がした。

「タイムさーん」
「タイムさんいますか」

子どもは午前中までで皆帰ったはずだが、遊んでいて何か壊れでもしたのだろうか。
立ち上がり、工具の入ったウエストポーチを慌てて腰に巻き扉を開ける。
五年生の男の子が二人、そわそわとした様子で立っていた。

「タイムさん、あの、すみません」
「ちょっと来てください」

どうかしたか、と尋ねたが、ちょっと来てください、としか言わない。二人とも頬が上気している。
ガラスでも割ったかと苦笑いしながら後をついて行く。
連れて行かれた先は、体育館だった。

「こっちです」
「入ってください」

そう言われて体育館の扉を開けた途端、拍手が起きた。
田井は一瞬何がなんだかわからなかった。
そこには、たくさんの子どもたちが体育座りをしていた。
どうやら児童全員が集まっているようだ。卒業したはずの六年生の姿もある。
体育館の前、舞台のすぐ下あたりに置かれた椅子に手を引かれるがままに座る。

児童会長をしていた六年生のかつひこ君が、少し緊張した面持ちで立ち上がった。

「起立…礼っ」

子どもたちが立ち上がり、揃わない礼をする。

「今から、タイムさんの卒業式を始めます」

かつひこ君がそう声を掛けるのと同時に、数人の子どもが立ち上がり、列の前に出てきた。

「タイムさん」
「「タイムさん」」

呼びかけに、皆の声が続く。

「長いあいだ、ぼくたちの学校を、過ごしやすいようにしてくださり、ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」

五年生のたかのり君。ヤンチャで、低学年のころはよく学校の備品を壊しては、泣きながら謝りにきていた。

「きれいな花を植えてくださり、夏休みも毎日水をやってくださいました」

四年生のちひろちゃん。花が大好きで、夏休みの水やりをよく手伝ってくれた。

「毎日、朝や帰りに私たちを見守り、笑顔であいさつをしてくださいました」

三年生のまほちゃん。学校に来るのが苦手で、いつもお母さんに手を引かれて泣き顔だった。
いつからか友達と一緒に登校し、自分からあいさつをしてくれるようになった。

「いつも優しく、話をしてくれました」

二年生のかなちゃんと、一年生のせいごくん。
市外へ仕事に行っているお母さんが留守がちで、雨の夕方、プレハブ小屋でお茶を淹れてやったこともあったっけ。

「毎日、時計のねじを巻いて、ぼくたちが授業や下校に遅れないようにしてくれました」

いつの間にか、子どもたちの後ろに先生方も立っている。

「タイムさん」
「「タイムさん」」
「ご卒業、おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
「退職しても、たまにはぼくたちの学校に遊びに来てください」
「「遊びに来てください」」
「そして、もし、何かこまったことがあったら、言ってください」
「今まで、お世話になったお礼に、今度は、わたしたちがタイムさんのお手伝いをします」

「タイムさん、今まで本当にありがとうございました」
「「ありがとうございました」」

小さな花束が手渡された。もう一度、拍手が起きる。

「ありがとう…ありがとう」

そこまでしか言葉にならなかった。
田井は片手に花束を抱えて、おいおいと男泣きに泣いた。
りーん、ごぉん、りーん、ごぉん、と、体育館の窓の外から、古びた時計が鐘の音を鳴らした。


〈了〉

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[2014/03/05 19:55] | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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