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晩夏の海月
時折半透明になりながら、ぽちぽち物書きしています。
Twitter企画SS:愛も夢も
お名前拝借企画、第二弾の3人目です!
また間が空いてしまってすみません・・・。

お名前は「あむ」さんです。
あむたん、タグ参加ありがとう!(*^^*)

愛も夢も


正面玄関の横にある社員通用口からエントランスに入ると同時に、定時のチャイムが鳴った。
胸がくっと詰まったように苦しくなり、その後、足もとが沈むような感覚が襲ってくる。
色褪せた黒いローヒールの靴を履いた足が載っているのが、見慣れた、固いリノリウムの廊下であることを下を向いて確かめながら、私は一階の南の端、システム開発部と書かれたフロアへ向かった。


今日、私は会社を辞める。


システム開発部、開発一チーム。
親会社の社内システムを扱う、10人ほどの小さな部署で、私以外は全員が男性のベテランの先輩と上司だった。
私が抜けた穴は、きっとすぐに埋まるだろう。
私はここで、本当に、役立たずだった。

元々、大学は文系の学科だった。
就職活動で何十社も試験を受けたけれど、まったく就職が決まらなくて、唯一内定をもらったのがこの会社だった。
プログラムは、大学の授業で一つか二つ履修していただけ。
そういう人でもSEになれます、とリクルートサイトの紹介文に書いてある、よくある中小のIT企業だった。

会社も、部署の人たちも、悪いことはなかった。お給料は高くないし、この業界だから、サービス残業も多かったけれど、それは、同じ会社に同期入社して別の部署に配属された人たちも、大学を卒業してからSNSで近況を知る方が多くなった同級生たちも、みな同じだった。
みな同じなのに、私だけが頑張れなかった。
ある朝、急に起き上がれなくなって、やっと起き上がっても玄関を出ることができなくて、一日休んでしまったら、もう駄目だった。
夕方、ベッドの中でSNSのコミュニティの書き込みを見たら、同期は皆仕事のことを書きこんでいた。

私だけが、頑張れなかった。


就職活動のとき、面接官に一番よく訊かれたのは、名前についてだった。
岸本愛夢。愛に夢と書いて、あむ、と読む。
この名前が、昔から大嫌いだった。
理由はふたつ、明白。ひとつは、変わった名前だから。もうひとつは、名前負けだから。
初めて会った人には名前について突っ込まれることがほとんどで、変わった名前だね、と毎回言われるのが嫌だった。
母は派手な顔立ちで、2つ上の姉も母に似て綺麗な顔をしている。
それに比べて私は地味で、花子とか和子とかいう古風な名前のほうが絶対似合う顔だと思う。
性格に愛敬があれば、まだよかったのかもしれないけれど、私にはそれもない。
高校に入ったときも、大学に入ったときも、明るくしようと頑張ってはみるのだが、どこか空回りしてばかりだった。

母は自分で名前を付けたくせに、小さいころから私に、名前負けねえ、と何度も言った。
そのせいか、どこへ行っても、名前を名乗ったとき笑われているような気持ちになった。
内定がもらえなくて焦っていた大学四年の秋、ふと見たインターネットのウェブサイトで、キラキラネーム、というのを見つけた。・・・そのなかに、私の名前は入っていた。
だから、内定がもらえないのだと思った。

こうやって、人のせいばかりにしているから、私は名前負けなのだ。
そうわかっていても、この名前のせいにしてばかりだ。

変わった、と言われることはしょっちゅうだったけれど、面と向かって名前のことをけなされたことはない。
大学の同級生の中では、いい名前だと言ってくれる子も多かった。
職場の先輩も、そう言ってくれた人もいたっけ。
でも、全部お世辞で、本当はおかしな名前、そうでなくても、似合わない名前と思われているんだと、ずっと思っていた。

こんなに卑屈だから、名前に負けてしまうのだ。


机の片付けをするのに一時間ほどかかった。仕事のやり方がわからなくて、何を捨てて何を取っておいたらいいかわからなかったから、こんなにいらない書類がたまってしまうのだと思った。
部署の先輩たちは取り立てて声をかけてくるでもなく、でも、気遣わしげな視線を時々こちらに向けている。元々、無口な人の多い部署だった。
溜めていた書類のうち、引き継ぎに必要なものは、私が休んでいるうちにもう先輩たちが持って行ったということだった。残ったものを全部シュレッダーにかけて、私の机はがらんどうになった。
先輩たちに一人一人、お世話になりました、とか、ご迷惑おかけしました、と挨拶をした。
皆、誰一人として怒ったようなことも言わず、身体を気遣う言葉ばかりかけてくれた。

各部署のフロアに入るためには、社員IDつきのカードを入り口のカードリーダーに通す。
今日、ここを出て、総務課にカードを返したら、私はもう二度とここに入ることはないのだ。
そう思ったら、いっぱいいっぱいだった日々も愛おしくて、少し泣きそうになった。

部長に最後の挨拶をして、総務部にカードを返して、さっき通ってきたエントランスを反対向きに歩く。
そのとき、通用口の横にある喫煙所から、岸本、と呼び止められた。
見ると、高柳さんが喫煙所のガラス越しに手招きしている。
高柳さんは一チームの先輩で、今年三十歳になる。背が高くてがっしりしていて、少し太り気味なのを気にしている。
さっき先輩たちの机を回ったとき、高柳さんだけ席にいなかったのが気になっていた。

注意したり指導するときもあまり厳しい言葉を使わない一チームの先輩たちの中で、高柳さんはいつも私に厳しかった。というか、一人でもパソコンに向かって舌打ちばかりするし、誰に対しても仕事中は常に厳しくて、何かあると他の部署のベテランの社員さんにも怒ったようにものを言うような人だった。
確認不足、認識違い、と何度も叱られて、目の前で泣いてしまったときも、まったく態度を変えない。
それでいて、週次ミーティングの席で私が自分の案件をうまく説明できずに口ごもってしまったようなときは、横からフォローを入れてくれるような人だった。普段ぼそぼそと早口で喋るのに、人前に立つと別人のように声を張れる人だった。
叱られもしたし、何かとからかわれもした。
いじられたりからかわれたりしたとき咄嗟に気の利いた返事をするのが苦手な私は、何も言えずに黙ってしまうことがほとんどだったけれど、私の反応は高柳さん的にはどうでもいいみたいだった。
私は高柳さんにいつ怒られるか、いつからかわれるかとビクビクしながら、それでも、高柳さんのことをすごく尊敬していた。


残業前の一服でこの時間混み合う喫煙室だが、今は高柳さん一人しかいなかった。
外側までヤニの色になりつつあるドアをそっと押し開けて私が入って行くと、高柳さんは胸ポケットから小さな箱を取り出して投げてよこした。

「あげる」

見ると、いちごチョコレート、と書かれた箱。
高柳さんは残業のときよくチョコや飴なんかを食べながら仕事をしていて、向かいの席だった私にも何度も分けてくれた。今のようにぶっきらぼうに、あげる、と言って。

「高柳さん」
「ん?」
「私の名前についてどう思いますか」

高柳さんは、たぶんお世辞も嘘も言わない。
だから、思わず訊いてしまった。

「・・・別にどうも思わないんだけど、なんで」
「私の名前、変じゃないですか、愛夢、なんて」
「別に・・・まあ初めて見る名前だけど、世代じゃねえの?俺の友達でもっと変な名前のやついるし」
「名前負けなんです」
「は?」
「愛と夢と、アムールのあむなんです、私」
「はあ」
「愛をフランス語かなんかで言うとアムールだそうです、母がつけたんです」
「・・・お母さんは愛と夢って、いい意味を込めたんじゃねえの」
「でも、私には、愛も夢も、ないです」
「名前はどうだっていいって教えなかったっけ?」

フィルターぎりぎりまで吸った煙草を灰皿に落として、間髪入れずに高柳さんは言った。コーヒー飲む?と訊かれて、思わずはい、と言うと、お尻のポケットから財布を出して、あ、いや、やっぱり、とわたわたする私に目もくれず喫煙所の中の自販機でコーヒーを2杯買って、ひとつ渡してくれた。

いつだったか・・・じゃない、ちゃんと覚えている、八月のこと。プログラムのテストでダミーのデータを作るのに適当な名前をつけられずに迷っていた私に、名前はどうだっていいんだ、と高柳さんは言った。大事なのはプログラムがちゃんと動くかどうかわかることなのだから、識別さえできればいい、と言って。勿論、なんだっていいから早くして、といつものとおり叱られたのだけれど。

「すみません」
「別にいーけど」
「でも、ほんとに私、駄目で、仕事でも、全然頑張れなくて、」
「それはないと思うけどね」

頑張ってたと思うけど、とさらりと言われて、私は何も言えなくなる。恥ずかしい、に近い気持ちが喉元に詰まった。

「身体のことは岸本のせいじゃないと思うけど」
「・・・はい」
「頑張ってたと思うよ、まーできは悪かったけど」
「・・・」
「部署の人たちから愛されてたと思うし、元気になったらまた次の夢もあんじゃねーの」

頬と瞼がかっと熱をもつ。紙コップに半分残っていたコーヒーを一気に飲み干した。百円の薄いコーヒーはまだ熱くて、口の中を少し火傷したけど、そんなこと言ったらまた呆れたような声でからかわれるのがオチだから、意地でも言わない。少しだけ、涙が滲んだ。

「ありがとうございました」

しっかりと高柳さんの目を、初めて見て言うことができた。今まで、立って話すときは身長差が大きくて、座って話すときはよく叱られることへの後ろめたさから、こんなにバッチリと視線を合わせたことはなかった。高柳さんの視線がちょっと左右したのが見えて、ああ、この人も、普通の人なのかも、と、なんだか失礼なような当たり前なようなことをふっと思った。

喫煙所を出ると、エントランスのガラス戸越しに見る空はもう日が落ちるところで、ただ向こうのビルとビルの間のぎりぎりいちばん下だけが、燃えるように赤かった。
その夕陽をまっすぐ見ながら、私は通用口のドアを引いて外へ出た。ひゅうと木枯らしが吹き、私はマフラーをぐるっと巻きなおして、歩き出した。


〈了〉
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

[2014/11/12 23:14] | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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