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晩夏の海月
時折半透明になりながら、ぽちぽち物書きしています。
Twitter企画SS:猫の嫁入り
夜分に更新です!
ツイッターのお名前拝借タグ、第二弾をやらせていただきました(*^^*)
相互フォロワーさま、10名の方(!)が反応してくださり、遅筆ながらぼちぼち書く所存です!

というわけで…タグを流した日から少し経ってしまいましたが、やっと一本目をアップします。

お名前は、「雪下音紀さん(にゃんちゃん)」です。
以前、同じタグに参加してもらった際に書いた「にゃんちゃんのこと」の続編です。

SSというには、かなり長くなってしまいました…。
ご容赦ください!

猫の嫁入り


22歳の春。私はお見合いをして、婚約した。

大学を一年生の途中で自主退学した私は、いくつかアルバイトをしたあと、小さな会社の事務職に就き働いていた。
女性は私と事務の先輩(もうおばあちゃんだった)の二人、社員は全員おじさんかおじいちゃんといった風情の人だった。事務の先輩は私に仕事を引き継いで定年退職し、私は大ベテランだった先輩が残してくれた細やかな業務マニュアルのおかげで、何不自由なく仕事を進めることができた。ひと月もすればマニュアルが必要なくなるほど、難しいことは何もなかった。
華やかなこともないけれど、残業もないし煩わしい付き合いもない、ある意味では恵まれた職場。ほんとうに静かな日々。

お見合いの相手を紹介してくれたのは伯母だった。
親戚の子供で年頃(適齢期の基準が少し古いと思わざるをえないけれど)の女性にはお見合い写真を持って行くのが自分の義務だと信じているような人だ。
相手の名前は、森本さんといった。
森本さんは中肉中背で、私より8つ年上の30歳。けれど、若白髪と目尻の皺のせいで実際の年齢より老けて見えた。
食事会と称したお見合いの席、私は最初から最後まで彼の表情や動作をまじまじと観察した。
そうすることが、ご趣味は、なんて訊くより彼の素性を知るいちばん早くて確実な方法だと私は知っていた。

9つ離れた私の弟は、言葉に障害があり、私たちと同じ言語体系で会話することができない。
昔からずっとそうなので、私には彼の発する声や音、表情を注意深く見る癖がすっかりついていた。
そのせいか、初めて会った人でも、会話をほとんどしなくても、何となくその人の性質のようなものが読み取れるようになっていたのだ。

森本さんを観察した結果、私は、この人ならいい、と思った。
一目惚れした、とか、この人が素敵、などという情熱的な気持ちではなかった。
私が彼の表情から読み取れたことはただ一つ、
「無害」だった。
だから、婚約をした。

ともかく、私は早く結婚したかった。
結婚しなければならなかった。

父と母が離婚したのは私が大学一年生のときだった。
母はその何年か前から精神を病んでいて、そのときはもう働ける状態ではなかったこともあり、父からの慰謝料と養育費は多すぎるほど支払われることになった。
けれど病気の母の今後、障害のある弟の将来を考えると無駄なお金など一銭もなく、学費の高い私立の大学にのうのうと通っていられる図太さは私にはなかった。
というより、毎日学校へ通いながら弟の面倒を見、母のパニック発作やヒステリーに付き合うことが、もう限界だ、と思ったのだ。
大変だったというよりは、大学に流れる平和で楽しげな空気と、携帯の向こうから聞こえる母の悲鳴のような罵声のギャップにもうついていけないと、そう思ったのだった。

大学を辞めて働き出しはしたけれど、私一人の収入では家族全員暮らしていけない。
私一人の収入で家族全員暮らしていけるような仕事にもし就けたとして、それでは今度は家族の面倒をみることができない。
必然、父の払ってくれるお金を使わざるをえなかった。
私はそれが、とても嫌だった。
父は浮気をし、病気の母親を、障害を持つ弟を、それらを抱える私たち家族を、捨てた。…父と母、本人たちなりの事情はあるのだろうが、私はそう思っていた。
だから、父の慰謝料は弟の将来のためには使うとしても、できるだけ手をつけたくない。そのためには、せめて私だけでも、法的にも経済的にも、守ってくれる人が必要だった。
そして、その人はできれば、私の仕事の収入を母と弟の生活費に充てても怒らない人。
つまり、父の金を極力使いたくないという私の意地による行動を、文句も言わずさせてくれる人でなければならなかった。
最低の理由で、最悪の条件で、でも私には、本当に切実なことだった。


森本さんとは、月に二度ほど会う。
まだ、身体を合わせたことはない。
食事をして、あまり遅くならないうちに、車で家まで送ってくれる。
母のパニックや弟の学校の用事が急にできたとき、ドタキャンしても怒らない。
車の中ではいつも、ごく小さな音でFMのラジオが流れている。
森本さんを紹介してくれた伯母は控えめに言ってスピーカー、というほど噂好きだから、森本さんは私に会う前から、母のことも弟のことも知っていた。
でも、そのことについて、森本さんの方から何か言われたことは、一度もなかった。


朝起きて、二人分の朝食と母の昼食の支度をしていると、弟が起きてくる。
弟はこの春、中学生になった。本人はどう思っているのかわからないが、小学校から中学校へ進むにあたり、弟の障害を周りの人たちに理解してもらえるのか、私は不安だった。
でも今のところ、同じ小学校から進学した子がほとんどであることと、担任の先生に理解があることなどが幸いして、とくに大きな問題もなくきちんと学校に通っているようだった。
言葉のほうは、相変わらずだけれど。

弟の名前は一という。はじめ、と読むのだが、学校ではずっとワン君と呼ばれている。
人の言語でなく、犬の鳴き声しか発しないという、彼の障害…否、特性に由来して。

「はじめちゃん、おはよ」
「ワン」
「お味噌汁、お鍋からよそってね」
「ワン!」

弟は寝起きがいい。朝から目をキラキラさせて、元気に挨拶する。
お味噌汁もご飯もきちんと自分でよそって、お箸もちゃんと使って、もりもりご飯を食べる。
犬語はしゃべるが犬食いはしないんだよなあ、とか思いつつ、朝から自分の作ったご飯をいっぱい食べてもらえるのはやはり嬉しい。
私のことを信頼して、懐いて(なんかほんとに犬っぽい表現だけど)くれていることも。
もしシッポがあったら、ブンブン振ってたりするのかな。

なぜ弟が犬の鳴き声でしか話さないのかは、いまだにわからない。
いくつか病院にもかかってはみたものの、原因はわからないままだった。
言葉以外は、本当にどこも遅れているところはないらしい。
精神的なものが原因かもしれません、とも言われたけれど、その精神的な原因、というのが何なのかは、結局わからずじまいのままだった。

「お仕事行ってくるね」
「ワンワン!」

家を出る前に、母の寝室を覗く。
母はベッドの中、目を覚ます気配はない。
調子が良くても悪くても睡眠薬を飲むから、朝の目覚めはどうしても悪いのだ。
起こしてしまわないように、そっと扉を閉めた。


職場までは歩いて十分。
弟の中学のすぐ近くなので、もし何かあればすぐに駆けつけることができる。
弟の中学、というのは昔、私も通っていた中学なのだけれど、通勤していても同級生にばったり会ったことは今のところない。
すれ違ったとして、私が顔を覚えていないだけなのかもしれない。

出勤して、社員全員分の緑茶を淹れて、ポットにコーヒーとお茶を用意する。
朝一は日本茶、日中はセルフサービスでコーヒーと番茶、と決まっている。
もう六月も終わりだから、そろそろアイスで準備した方が良いかもしれないけれど、今日は曇り空で涼しいから、とりあえずホット。
もうすぐ月末の締め日だから、出勤簿の整理をして、経理の中野さんへ。
社長が明日、同業者の集まりに持っていくお土産は、社長お気に入りの和菓子屋さんに発注済みだから、昼前には取りに行こう。
よし、と小さく頷いて、しゅんしゅんと音を立て始めたやかんをコンロから下ろした。

仕事は決まったやるべきことはあるのだけれど、それを片付けてしまえば繁忙期以外は暇な時間のほうが多いほどで、そのぶんお給料は本当に安い。
でも、母から急にかかってくる電話に出るために席を外しても、弟の保護者会のときに時間休を取らせてもらっても、何も文句を言われない。
社長やほかの社員さんたちは、母の病気は内科の管轄に入るもの、つまり、「身体の」病気だと思っている。
あえて嘘をついたわけではないけれど、そういうことで丸く収まっているから、本当の病名は言っていない。
少しだけ、罪悪感はないと言ったら、嘘になるけれど、もし電話に出ることを禁じられたり、時間休を取れなくなってしまったり、その可能性が1%でもあるなら、私にとっては、今の状況を変えない、ということが最優先事項になるのだ。



森本さんと初めてラブホテルに行ったのは九月だった。
その日、森本さんと会うのは二ヶ月ぶりだった。

暑くなるにつれて母の精神状態がひどく、仕事中にも何度も電話がかかってきて、支離滅裂なことで泣きながら罵られた。
夏場、会社ではアイスコーヒーと冷たいお茶をたくさん作る。
給湯室でお茶を入れたやかんにじゃあじゃあと水道の水を当てて冷やしながら、私は母のいつ終わるとも知れない怒鳴り声を聞き続けた。
それも涼しくなってくると同時に少しずつ治まってきた、と思ったら八月の終わりには夏休み中の弟が夏風邪で高熱を出して付きっ切りで看病することになり、結局、七月も八月も、森本さんとの約束の日は全部キャンセルした。

音紀さん、久しぶりですね、と森本さんは言う。
車の中には、相変わらず小さな音でラジオが流れている。
ずっと歳上なのに、森本さんは私のことを、音紀さん、とさん付けで呼び、敬語で話す。
学生のとき呼ばれていた、にゃんちゃん、という呼び名を知っていても、彼はやはり、音紀さん、と呼ぶのだった。

音紀と書いてねこ、と読むこの変わった名前をつけたのは父だった。
母が昔、ピアノをやっていたから音と言う字を当てて、自分がネコ好きだから、ということらしい。
母は結婚してからピアノを辞め、父はもう別の女の人のところなのだから、この名前の意味はもう、からっぽのように思えてしまうのだけれど。


一度だけ、弟がワンと言うのをまねて、にゃん、と言ってみたことがある。
“はじめちゃんの名前は一、英語で言ったらワン、鳴き声もワン。私はねこ、ねこの鳴き声はニャン。”
…ほんのいたずら心、本当に軽い気持ちだった。
その瞬間、母が血相を変えて飛んできて、思いっきり頬を張られた。
記憶が確かなら、母はまだ精神を病む前だった。
母に叩かれたのは、後にも先にも、あの一度だけだった。



ホテルは綺麗だった。私たちは一緒に、ひとつのベッドに入った。
けれど、私はどうしても、森本さんの前で裸になることができなかった。私は、処女だった。だから、というわけでは、ないのかもしれないけれど。
服を脱いでしまったら、何かとても汚らしいものが、ぶわっと出てきてしまうような気がした。
そんなことない、そんなふうに考えるのはおかしい、妄想で幻想だ、おかしい、私はおかしい、私もおかしい、母のようにおかしくなってしまう、とパニックを起こしてガタガタ震える私を森本さんは服の上から、さらに毛布を重ねて、ぐっと抱き締めるようにして、大丈夫ですよ、大丈夫、と、何度も言ってくれた。
そのまま、結局私は服も脱がないまま、朝まで眠った。

帰りの車の中では、珍しくラジオではなく、ジャズのスタンダードがかかっていた。
何がきっかけだったか、私は森本さんに、高校と大学で吹奏楽部だった話をした。
チェロを弾いていたのだと言うと、ほお、と感心したように森本さんは言った。

「ぜひ、聴いてみたいものです」

ふっと、大学の管弦楽部の部室の風景が思い浮かんだ。
もう、弾くことはないと思います、と、わざと素っ気なく私は答えた。


森本さんとは、それからまた今までのように会った。
ラブホテルにまた行くことはなかった。
しばらく、静かな日々が続いた。


夏のあの不調な日々が過ぎ去ってからこちら、母は静かに見えた。喉が壊れるんじゃないかというぐらい大声で叫んだり、ひっきりなしに電話をかけてきて怒り狂って罵倒の言葉を吐き続けるようなことはなかった。
それは、いい傾向なのだと思っていた。
自分の都合のいいように、解釈をして。


秋のおわり。母が亡くなった。


精神を病んでから母は何度も自殺を計った。
時には手首を切り、時には、病院で処方された薬を何十錠も一度に飲み込んで。

だから、今度もまさか、自分が死ぬだなんて思ってもいなかったんだと思う。

母は、自ら命を絶った。



家に戻ると一気に力が抜けた。
人を呼んでの葬儀はせず、火葬場で焼いてお骨だけ拾うことにさせてもらった。
父が費用を持つと言ってきたけれど、私は断った。親戚はいろいろと言っていたみたいだけど、じゃあ自分がお金を出してくれるのか、というと、誰もしてくれなかった。
和室に入り、喪服のまま縁側に座り込む。
そのまま、森本さんに電話をかけた。

「もしもし」
「婚約を、破棄していただけませんか」
「え、」
「母が亡くなりました」
「え…え?!」

母が自死したことを、私は森本さんに知らせていなかった。
出会ってから初めて、電話の向こうの森本さんから、驚きと焦りと、そして、悲しみ、怒りのような何かが伝わってきた。

「私は、嘘をついていました、あなたと結婚したいと言ったのは、嘘でした、本当は、母のために、でも、母はもういません」
「…音紀さん」
「あなたとは結婚できませんごめんなさいさようなら」

電話を切って、携帯を縁側にそのまま置く。
同時に、ピロン、と軽い音がした。
何年も使っていた携帯電話が壊れてから、初めてスマートフォンと言われる機種に変えた。
店の人に教えてもらうがままに入れた通話アプリに、メッセージが届いていた。

「渡邊 博美さんが、あなたを友達に追加しました」

渡邊、博美。……、ヒロちゃん。
誰だったか、思い出すのにしばらく時間がかかった。

家のことでまともに友達付き合いできないのがわかっていたから、大学ではあまり積極的に人と関わらないようにしてきた。
その中で、私が大学を辞めるまでの短い間、唯一と言っていいほど、話しかけ続けてくれたのがヒロちゃんだった。
でも、結局。そのヒロちゃんも、今までの他の子たちと同じように。
勝手に近寄ってきて、勝手に怒って、勝手に離れて行ってしまった。

あのころ、私はヒロちゃんたちが羨ましかっただろうか。
普通に学校に通って、サークルの楽器の練習を何もジャマされずにできて、家に帰れば温かいご飯があって、きょうだいと普通に人間の言葉で会話ができる、そんな子たちが。
きっと羨ましかったはずだと思って、よく思い出そうとしてみたけれど、何も浮かばない。
羨ましいと思う余裕すら、あのときはなかったのかもしれない。

森本さんのことを思った。
30歳なのに白髪の多い頭、皺の刻まれた顔。
小さな音で流れるFM、少しだけ煙草の臭いのする車の中。
ヘビースモーカーだけど、私のほうへは煙が来ないようにうまく煙草を吸う仕草。
静かに、低い声で、時々おじいちゃんみたいな喋り方。
大丈夫ですよ、と言ってくれた声。


「ねぇちゃん」


ふと、呼ばれた。
えっ、と思って、自分でもびっくりするほどの勢いで振り返った。
少し離れたところに、弟が立っていた。


長年、犬の鳴き声しか発語しなかった弟の発音はおかしくて、ねえちゃん、と言おうとしたのだろうが、実際に聞こえたのはぇえぢゃ、という、濁った細い音だった。
でも、私にははっきり聞こえた。

ねぇちゃん、と。
姉ちゃん、と。

「はじめ、ちゃ」
「ぇぇぢゃん」
「はじめちゃん」
「えぇちゃん」

犬の鳴き声でしか喋らない弟のことをバカにしたり、奇怪なものを見る目で眺める人はたくさんいた。
つい今日の午前中にも、親戚のおば様たちのひそひそ声は私の耳にははっきりと聞こえていた。
弟が周りの子と違うことは、私は随分歳も上だから、ずっと前からわかっていた。
それが、父と母の別離の一因、母の心を壊した一因であることも。
でも、不思議と私は、弟を疎んだことは一度もなかった。
弟には何の悪意も罪もないとわかっていたから。
ワン、というそれが、弟の言葉だと、きちんと伝えたいことがあるのだと、わかっていたから。
キラキラ輝く目で、お姉ちゃんと言う代わりに、おはようと言う代わりにワンと鳴く彼が、本当に伝えたい思い、悲しさややり切れなさといった類の感情を表に出すことができず、苦しい思いをしていると感じてきたから。

それでも…だからこそ、きっと、どこかで思っていたのだろう。
弟と、ちゃんと言葉で話ができたら、と。
父に捨てられたと思っていた夜、
母の泣き叫ぶ声を聞いていた日、
隣で一緒に震えていた弟だけが、その温もりだけがたった一つの救いだった。
だからこそ。

はじめちゃんはじめちゃん、はじめちゃん、と何度も名前を呼び、泣きながら、私は弟の細い身体を抱き締めた。
えぇちゃん、ぇちゃん、えぇぢゃん、と、不明瞭な発音で私を呼びながら、弟も、ぐじゃぐじゃに泣いていた。


森本さんから電話があったのは、それから三日も経たないうちだった。
弔事は疲れますから、と、開口一番、私の体調を気遣う。
私は、あんなに、ひどいことをして、ひどいことを言ったのに。

少しの沈黙があって、森本さんは言った。いつものように静かに、穏やかに、しかし、力強く。

「…幸せというのは、結局、人の心の中にしか無いと、僕は思います。
だから、あなたのことを、幸せにしてあげると約束することはできない。
でも、抱えているものを一緒に持つことはできます。
お願いします、お母さんの死を、あなたの苦しみを、一緒に抱えさせてもらえませんか。
あなたのご家族、大切な弟さんのことを、一緒に考えさせてもらえませんか。
それから、何よりあなたが、また好きな楽器を、チェロを弾くことができたり、行きたかった学校へ通ったり、そういうことが、できるように、させてもらえませんか。
愛しています、あなたを」

森本さんの声は、抑えきれない熱を持っていた。

弟が、と私は言った。

「…弟が、弟、しゃべったんです、犬の言葉じゃなくて、人間の」

そこまで言って私はぐずぐずに泣き崩れ、どれぐらい時間が経ったのか、玄関のチャイムが鳴り、一言、二言、ぎこちなくはあれど、弟が応対する声が聞こえた。
ああ、この子はもうチャイムにも対応できるんだ、と思ったら、心の中で結ばっていた何かがふつんと解けるようになって、もっともっと泣けた。
気がついたら、目の前に森本さんがいた。
森本さんは、話もできないほど泣いてしまった私の電話を切ることもせず、家まで飛んで来てくれたのだった。
少し煙草臭い腕の中に抱かれて、私はわあわあと声を上げて泣いた。


* * *


嫁ぐ日はよく晴れていた。
嫁ぐ、といっても、結婚式も披露宴もせず、ただ、籍を入れて、二人で暮らし始めることに決めていた。
縁側に座って、ぼんやりと外を眺める。
最近では珍しい濡縁のあるこの家も、もう引き払うことになっている。
母が亡くなったあとの遺品と心の整理をし、その決心をするのに、まるごと二年もかかってしまった。
その間、私は今までの仕事を続けながら、帰宅してからの時間で少しずつ少しずつ家の整理をしながら何度も泣き、弟は、中学を無事卒業して高校生になった。
婚約者は、森本さんは、ただずっと待っていてくれた。

12月の、晴天の空。
ふいに、ちらりと白いものが舞った。
あれ、と思う間もなく、からんと青い空から、あとからあとから、雪が降り落ちてくる。
驚いてしまって、しばらく身じろぎもせずに空を見上げていると、ねぇちゃん、と後ろから呼ばれた。

「寒くない?」
「あ、うん、でもね」
「うわっすげぇ、晴れてんのに超雪降ってる!」

興奮したように言いながら、弟が隣に座る。
弟は、冬休みが明けたら、高校の寮に入ることになっていた。
森本さんと私と一緒に住むという選択肢もじゅうぶんにあったのだけれど、弟は、ひとり立ちすることを選んだ。新婚夫婦のジャマはできないよ、と笑顔で言ったあと、もう自分のことは自分でちゃんと、誰にでも喋れるし、と付け足して。

「ねぇちゃん、猫の嫁入りだな」
「え?」
「ほら、晴れてんのに雨降ることをキツネの嫁入りって言うだろ?だからさ、今日みたいに晴れてんのに雪降ってるのは、猫の嫁入り」

ネコだけにね、なぁんて、そんな言葉ないけどね、と私を指差しながら言って、いたずらっぽく笑う。
いっちょまえの口をきくようになって、と思ったら嬉しくて、やっぱり嬉しくて、愛おしくてたまらなくて、私ははじめちゃんの顔を見て、もう一度ほろほろと零れ落ちてくる雪を見上げて、そうして、泣き笑いの顔で笑った。


〈了〉
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

[2014/10/13 01:52] | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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